私は、今朝すっかり忘れていたあだ名のことを思い出した。
私のあだ名はマンモス🦣。なぜかというと、今は背が低いけど、子供の頃はすごく大きかった。ポッチャリでもやせ形でもなく、どちらかというとがっちりしてたかな?今思えば普通だと思うんだけど、胸も大きくて、その頃誰もスポーツブラをしていなかったし、私自身そんな知識もなくて…。でもあの当時たぶんBカップかCカップはあったから、すごく恥ずかしかった。母とか姉とかスポーツブラの存在を教えてくれればよかったのにねー。
だから、男子から相当からかわれてた事を思い出した。これかなり傷ついていたんだけど、今思い出してみて、私が自己肯定感が低かったから、全部受け入れちゃっていたんだなー。今の私ならいくらでも反論出来るし、自分で自分を否定したりしなかった。
これは、そんなことを言う方がひどいよね。でもその頃は、受け入れちゃったし嫌われたくなくて反論もしなかった、出来なかった。
あの頃の私には、そうすることが精一杯でそれが自分を守る事だったんだよね。でももうそんなことは握らなくていいことだよね。あの頃の傷ついていた気持ちはそのままで、悲しい私がいて。でも今はもう自分はそんな言葉を受け入れない!
きっとみんな傷ついたことを言われたことは、1度や2度はあるはずだよね。でもそれを自分で受け入れちゃうことは、二重に苦しいこと。今のこの私はもう手放そう。だって、私はマンモス🦣ではないし、ブスでもないしデブでもない。私は今自信を持って、今の私が好き。大好き❤
そんな事を思った。子供の私は相当大変な道を歩んでいたね。ほんとによくやってきた。子供のころ小学校が2キロあったから、30分かけて登下校していた。私はその苦しいころ、こっそり親指に話しかけていて、答えをもらっていた。だから、誰かにみられないよう心の内を、親指に相談していた。これって今思うとすごいことしてたなあ。自分で自分を癒す、これとても大切なことだったなあと。私の中身は自己否定して苦しい私もいたけど、前向きなキャラや漫画が大好きなキャラや、友達が大好きなキャラ、ソフトボールが大好きなキャラもいて、明るい自分もいた。だからこうやって生きて来れたんだよね。私ってすごいなー。
この世の中に、ダメな人なんて1人もいない。ダメなんだと自分で思い込んでしまった人だけなんだよね。だから、罪悪感なんて1つも持つ必要はないし、等身大の自分のままでいいんだよね。何者かになる必要はないし、自分と自分の目の前の人が幸せならもうそれで十分なんだと思う。
若い頃は夢を持たなきゃいけないような気がして。でも夢が無くても、ただ目の前のことに夢中になっているだけで、それだけでいいんだなと思う。
頑張るとピーンと張った糸が、プチッと切れてしまう。車のハンドルも遊びがあるように、余白が必要なのかなと思う今日この頃。
完璧に家事をやったり仕事してる人はすごいなあと思うけど、それは私じゃない別の人。私は私のやり方でいい。
そう思えることが、もう幸せの1歩なんだな。

かずえのつぶやき 