お金のはなし

お金っていったいいくらあれば安心できるんだろう。みんなそんなこと、顔に出さずに淡々と生きているように見える。

友達ともなかなか突っ込んで、お金の話も出来ない。私の回りの人はみんな堅実で聡明でしっかりしてる人が多い。私はそういうのが苦手だ。苦手というより、お金のブロックがあるんだと思う。

私は掃除という言葉に、気付いてなかったけど、恐怖がある。それは母と姉から掃除が出来ていない、汚いと来る度に言われてきたからだ。別にゴミを捨てられないとか汚部屋というほどでもない。でも掃除という言葉には、イコールダメな人という自分の中での劣等意識がむくむくと出てくる。

最近はちょっとそれがわかって、掃除するではなく埃を取ってあげようとか磨いてあげようと言葉を変換したら、いい感じ。

お金も若い頃頑張って頑張って働いたけれど…。大企業で働いていて、給料はとても良かった。でも仕事が合わないと思い、夜も働いてお金を貯めて美容学校に通った。働きながら美容学校に行く手もあったけど、昼の方が楽かと思い学校から帰ってきてバイトして土日もバイトしてた。働き過ぎてその辺りから、うつっぽくなったり、生理痛がひどくなったりからだが悲鳴をあげていた。

でも美容師になり、給料より働きがいがあるところで選んだところは、給料は最低だった。技術なんだからお金は関係ないと思ったけれど、東京で親に頼らず一人暮らしをするのは、かなりしんどかった。でもそれでも叱咤激励して、頑張り続けた。

給料は上がらず、でも頑張ればなんとかなるとずっと思ってやってきた。その経験はとても大切だったし、よくやってきたなあと思う。それと同時にお金のブロックが入ってしまった。お金を稼ぐのは大変もっと頑張らなくてはと。ほんとは逆だったんだなあ。自分を大切にする。身体の声をよく聞く。リラックスしていれば、もっと違う選択も出来たのかなと思う。

お金について考えるとき、その頃の苦しさが出てきてしまい、すごく苦しくなる。掃除と同じなのかなと思う。お金ではなくゆとりに変換するといいのかな。お金が欲しいではなく、ゆとりが欲しいならそんなに苦しくならない。

ただの言葉なのに、その言葉にいろんなものがくっついていて、心を重くしてしまう。

私にとって、掃除やお金は重く、磨いてあげるとゆとりは軽やか。

ちょっとした言葉の違いだけど、もしかしたら未来を変えてしまうくらい、強いパワーがあるのかもしれない。

自分は当たり前と思っていることに、意外と独特な考えが入り込んでいることがある。少しずつそれを知り軽やかに生きていきたいな。